甲種一類の恋 2
甲種一類の恋 2
強く、真っすぐな視線だった。
口端は上がっていたが、頭の中をスキャンしているのではないかと思うほどの真剣さだった。
「来てくれて嬉しいです、すごく。花も」
瞬きもしない瞳は、レーザー光線でも飛び出てきそうな圧を持っている。
目を逸らしたい、距離を取りたい。しかし遥の生存本能は喧しくアラートを鳴らしていて、現実には指一本動かせない。
猛禽類に狙われた小動物はこんな心地か。
と口から魂が抜けそうになるのを、いや負けたくないと持ち前の反抗心が湧き上がってきてグッと拳を握り締める。
『恋の始まりというより、掴み合いの喧嘩でも勃発しそうな雰囲気だったわよ』
とは後の美桜談だが、確かにそれに近い心情ではあった。
「佐藤陽向さんですよね?サインお願いします」
若い女性客の言葉で緊張が破られ、花束を携えたカメラマンは横を向く。助かった。遥は大きな息を吐いた。
数名にサインや写真、握手を求められ応えている佐藤は、ごくごく普通の青年に見える。
さっきの異様な空気は何だったの?
よくわからないけれど、この隙に逃げようと身を翻したところまでは良かった。
「おっと」
前方不注意の遥は、進行方向にいた人物に正面衝突してしまう。幸い体格の良い男性だったので事なきを得たが、こういう時の為にも日頃からダイエットしておこうと固く固く心に刻む。
「大丈夫ですか?」
突然ぶつかってきた成人女性を難なく受け止めた上気遣ってくれる紳士……は、革ジャンを着ていても隠せない筋肉ボリュームの持ち主だった。
バイクに乗ってきたのかファッションなのか判じ難いが、黒の革手袋にダメージジーンズ、長髪を首の後ろで一つに纏めている姿はこれからストリートファイトを始めそうな雰囲気だ。
「あれ、キミ……」
「はい?」
男性がグッと顔を近づけてくるので、無意識に後ずさる。
「あ」
前門のマッチョ紳士、後門の黒づくめカメラマンと言ったら失礼か?いつの間に来たのか佐藤陽向が背後に立っていて、ぶつかる寸前だった。
「あーやっぱり『ハルカ』ちゃんか」
マッチョ紳士が破顔する。笑顔の屈託のなさが日本人離れしていて、ああそういえばドナルド・イェンってこんな顔してたと思い出した。
「大丈夫ですか?歩ける?」
背後から腕を掴まれた。
「いや、怪我してないし……」
むしろドナルド・イェンに怪我がないかと心配だが、カンフーの達人めいた彼なら大丈夫か。
振り払おうとしたら、存外強い力で阻止される。
「お姫様抱っこするぞ?」
「へ!?」
耳許への囁きは、脅迫の色合いが滲んでいて。
衆人環視の中イケメンにお姫様抱っことか、それどこの少女漫画?中高生に人気の若手美形俳優をキャスティングして、実写映画が大ヒットしちゃうヤツ?
半泣きで味方を探すが、美桜は他人のフリでニヤニヤしていて当てに出来ない。マッチョ紳士、ヘルプミープリーズ。
「あー……ヒナタ、とりあえず下のカフェで休んでもらったら?」
「いや、だから」
怪我はしてないと言おうとしたが、共犯者的なウィンクが飛んできて思いとどまった。確かにこのまま脱走するのは難しそうだよね……正直足よりも、佐藤陽向に捕捉されている腕の方が痛い。
「カフェ」
「うん、雑貨屋の奥にあるよ。ハルカちゃん、良いかな」
うーん。公共の場だしちょっとだけ話すくらいなら良いか?美桜を見遣ると、親指を立ててサムズアップ。
「私しばらく見て回るから、1時間後にカフェまで迎えに行くわ」
「わかった」
「いやなんで貴方が返事するかな?」
そういう訳で、佐藤陽向と階下でお茶することになったのだった。