ねこふみふみ

基本ハピエンの恋愛小説を書いています。

甲種一類の恋 3

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佐藤陽向に腕を取られた格好で個展会場を出る。朝から降り続いていた雨は既に止んでいて、雲の切れ間から太陽が覗いていた。

遥が傘立てに挿していたターコイズブルーの傘を抜き取ると、佐藤は目を細めた。

 

「青が好きなのか」

「うん?」

 

 

花束を差し出されてああ、と合点が行く。

 

「それ私じゃなくて、美桜……さっきいたでしょ、友達が選んだ花束なの。青は好きな色ではあるけど」

 

黒づくめのカメラマンは表情筋が固まったまま沈黙したが、すぐに再起動して首肯する。

 

「そうか」

「それと、私一人で降りられるよ?」

「あ、ごめん」

 

てっきり無視されるのかと思ったら、佐藤は慌てて手を離した。さっきまでの強気キャラはどこへやら、そんな捨てられた仔犬みたいな顔されても。

強気で傍若無人かと思えば、高い位置から器用に上目遣いしてくるこの落差。接した時間はそう長くないのに、どうにも印象が定まらない。

 

とにかく階下へ。二人でカフェの奥を陣取り、ちょっと小腹も空いていたので遥はケーキセットを選んだ。ダイエットは明日からにしようそうしよう。

 

「佐藤さんは?」

 

向かいの席に目を向けたら、映画俳優のような美形が静止画のようにこちらをガン見していた。

 

「え?」

「いや、何頼むの?」

「あ」

 

わかりやすく動揺してメニューをめくる。

大丈夫かこの人、意外とうっかり屋さんなのか?キリッとした男前なのに天然入っててギャップ萌え〜!とジタバタする女子の群れが見えた気がした。

 

結局佐藤はアイスコーヒーを注文し、額にじんわり滲んでいた汗を拭った。店内は程良い温度だが暑いのだろうか。暑いならコート脱げばいいのに。

テーブル下に置いてあった籠をそっと押しやると、意図に気付いた彼は立ち上ってボタンを外し始めた。

 

雑貨屋とカフェが一体化した店をぐるりと見回す。スペースの関係からかテーブル同士の間はそう距離もないが、観葉植物や多肉植物などが上手く飾られていて隣席とのパーテーション的な役割を果たしている。

メーカー品の他に、一点ものだろうハンドメイドのバッグやピアス、ワンピースなども数多く展示されていて宝探しが楽しめそうだ。

 

「漢字」

「はい?」

 

身軽になった佐藤の装いは黒のボタンダウンシャツにダークグリーンのネクタイ。

某アニメに出てくる射撃の名手を彷彿とさせてこれでペルメルを愛飲してたらウケるな、と遥は頬を緩めた。浮世離れした造作をしているので、どうも創作上の人物が似合ってしまうのだ。

 

「ハルカってどういう漢字?」

「ああ、遥か彼方の遥よ。『逍遥自在』からつけたんだって。何にも囚われず自由に生きるって意味」

「失礼します」

 

高校生くらいの店員が、わかりやすく佐藤を意識しながらグラスを置いた。どうも、と応えただけで女の子の頬を赤くできるとは、イケメンの威力恐るべし。

 

それはさておき。

ベリーとホワイトチョコのムースは鮮やかな色合いで可愛いらしい。カフェオレが入ったカップもシンプルだが上品で、小洒落たカフェは人生の必須アイテムよねと遥は一人頷いた。

 

「いただきまーす」

 

手を合わせてからケーキセットを堪能する。カップに指を掛けたところで、BGMに紛れて小さな笑い声が耳に届いた。

 

「なに?」

「美味そうに食べるな」

 

片肘をついた彼は、何故かとても楽しそうだ。

 

「カメラ持ってくれば良かった」

「ちょっと、やめてよ」

 

慌てて顔の前に手を出したが、カメラを持っていないのだから撮られる危険はない。携帯のカメラは使わないよね?と疑いながらジト目で佐藤を睨んだ。

 

「そうだ、個展にあった写真、あれ私じゃない?」

 

展示の仕方に力が入っていた『甲種一類の恋』は、人物が判別できないほどブレてはいたが遥の片鱗が残っていた。遥だと知らされて見ればそうかもねと思うほどの、絶妙なさじ加減だった。

 

「まあ、誰かわからないから良いけど。私モデルとかやるタイプじゃないからもう撮らないで」

「撮りたいんだ」

「ん?」

「あんたを撮りたい」

 

まただ。

魂の奥底まで全て見透かそうとするような、真剣というより剣呑さすら帯びた眼差し。

 

私の中に何を探しているのか知らないけど、そんな大層な人間でもないのだからガッカリするだけよ。

 

本心からそう諭したのに、佐藤陽向は諦めてくれそうになかった。